子どもたちは学校で満たされているのでしょうか?

不登校児童生徒について

文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」(平成30年度)を守屋が加工、グラフ化
出典:政府統計の総合窓口(e-Stat)(https://www.e-stat.go.jp)2020年5月5日

小学校

不登校児童数と割合
(平成3年度〜平成30年度)

不登校の要因

中学校

不登校生徒数と割合
(平成3年度〜平成30年度)

不登校の要因


私たちはこれを示して「学校が悪い」と言うのではありません。もちろん、学校を心の底から楽しいと思っている子どもたちもいます。(当団体代表もそうでした。とにかく学校が大好きな子どもでした。)

しかし、その中で「学校に対して不安がある」という子ども・家庭があるならばそれに対応する必要があります。

なぜなら、子どもたちは学校も先生も周りの子どもたちも選べないからです。

上のデータは不登校の子どもたちの人数ですが、学校には通っているのだけど不安がある、不安で学校を休むことがあるという子どもたちもいるはずです。その子たちはこのデータには載っていません。

その子たちは自ら行動するか学校、教師が気づかない限り、不安な学校に通い続けなければならないのでしょうか?

もちろん子どもの変化に敏感で、すぐに対応することのできる先生、学校もあります。しかし、先ほども言いましたが、

子どもたちは学校、先生を選ぶことはできません。

子どもの変化に気づかず、学校で満たされていない思いをしている子をそのままにしている状況は、その子の将来にとって決してプラスにはならないでしょう。


満たされていないけれど「学校に行かなくちゃ」と思っている子どもたちに私たちはこう呼びかけたい、

学校がすべてではないよ!

法令にある「義務教育」というのは子どもの義務ではありません。「普通教育を受けさせなければならない」という保護者の義務です。「子どもは学校に行かなければならない」のではないのです。


だから、私たちは学校以外で子どもたちの力を伸ばす、そして極めることのできる施設をつくりたいと思いました。そして子どもたちはそこで自由に活動してもらいたいのです。もちろん就学している学校とは連絡を密にとっていく予定です。そのような中で、学校に行きたければ学校に行く、行きたくなければ行かなくてよい。自分に合った環境で力を伸ばしていく、そのような教育を行っていきたいです。

それがFUNRISE!

教育の変化

教育は学校の専売特許なのか?

ー そうではなくなってきています。

1 初見のことを学ぶ場が学校ではなくなった。

画像はイメージです。

塾や通信教材

動画サイトの授業動画

体験教室・スクール

塾や通信教材、その他スクールを利用する家庭が増加することによって、学校の授業も影響を受けてきます。

なぜ?学校は塾とは関係ないんじゃないの?

それは学級内で塾やスクールなど学校外の活動に参加している子どもが少ない状況ではそう言えるかもしれません。

しかし、学級内に一程度いる状況になるとそうは言えません。

例えば、グループワークで考えてみようという授業。塾で既に学習していて考え方もつかんでいる子とその学習を学校で初めて行う子とが同じグループ。そこで交わされるやりとりはどうなるでしょうか。しかも制限時間のある中で…。

更に、体育のサッカーの授業。サッカーを日頃習っている子と運動が得意ではない子とが一緒にプレーをします。ボールに触れる回数はどうなるでしょうか。

もちろん、その状況への対応策を理解していて、皆が参加でき、満足できる授業を行うことのできる先生もいます。しかし、これも繰り返しです。

子どもは先生を選べない。

だから私たちは、学校教育だけでは対応することが難しくなってきた義務教育(特に国数社理英)に、すべての子どもたちが対応できるように次のような活動を行っています。

2 新しい教育の場が広がってきている。

このような教育のあり方、ご存知ですか?

3 正解のない社会

3番目にしてスケールの大きな話を投げかけますが、

社会は複雑で変化の激しいところです。特に近頃は。

ある見方をすればそれは正解ですし、別の見方をすれば正解ではなくなります。ある時期だと正解だったけど、それはすぐに正解ではなくなるかもしれません。

ワイドショーのコメンテーターの方は大変だと思います。しかも、このようなどっちつかずの考えって聞いている側からすると疲れるんですよね。分かりにくいし。だから、聴者は正解を早く求めたがります。でも、「世の中の絶対的な正解」なんてあるのでしょうか?

しかし学校、特にそこでの集団生活は「正解」を求める生活の連続です。「正解」がないと集団が動けないからです。

もちろん、多くの人は会社などで多くの時間を集団で生活するのでこのような「押しつけられた正解を受け入れる」ということも必要なのかもしれません。しかし、この「押しつけられた正解」によって「褒められる」、「怒られる」、「恥をかく」などの動機付けに関わる経験を多くしてしまうとそれに合わせた行動を取りがちになってしまいます。

例えば、授業中に先生が教えたのとは違うやり方で問題を解いた。それを発表したら先生からは注意され、周りの子からも「何やってるの」と言われ恥をかいた。
それが繰り返し起こったら発表とかはしたくなくなると思います。状況によっては1回こんなことあっただけでもトラウマになってしまいますよね。

1回の経験で、「たまたま同じクラスになった」子から言われただけで、周りに合わせるようになってしまい、チャレンジしなくなってしまうことはもったいないです。

子どもたち一人ひとりがチャレンジし続けるためにはどうすればよいのでしょうか?

このような中でFUNRISEが考えていることは…

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